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cherry chill willインタビュー:初の写真集を発表した、日本のヒップホップシーンを撮り続ける現場叩き上げのフォトグラファー

2018.02.09

日本のヒップホップシーンを中心に様々なアーティストの写真を手がけてきたフォトグラファー、cherry chill will。青森県・八戸にて生まれ育ち、高校卒業後に上京し、約10年間働いていたレコードショップ「CISCO」の突然の倒産という悲劇に見舞われながらも、運命的な導きによってプロのフォトグラファーとなった彼は、そのアーティスティックな写真によって、今や数多くの有名アーティストから厚い信頼を得るほどの存在となっている。今年2月、初の写真集『RUFF, RUGGED-N-RAW-The Japanese Hip Hop Photographs』を発売した彼の、これまでの経歴からまずは話を聞いてみた。

ーーーーまず、写真を撮り始めるようになったきっかけを教えてください。

「まだCISCOで働いていた時に、自分の子供たちを撮りたくて、デジカメを買ったのが最初ですね。あと、妻が昔、写真の専門学校に行っていたので、家にフィルムの一眼レフのカメラもあって。それで子供の写真をたくさん撮っていたら、『写真って楽しいな』って漠然と思うようになって。その時にブログをやっていたんで、撮った写真をバンバンとブログにあげてたんですよ。そしたら、それを面白がってくれる人が出てきて」

ーーーーそこからクラブなどで写真を撮るようになったのは?

「CISCOが倒産した後に、他のレコード屋さんとかレコード会社からお話をいただいたんですけど、その時は音楽業界そのものに将来が見えなさすぎて。それで一旦、通販会社に就職して、ウェブページを作る仕事をやってたんですが、今まで常に音楽がかかっているような環境だったのが、そういうのが全く無い職場になったことで、フラストレーションが溜まってしまって。その反動で毎週のようにクラブに通うようになって。友達がDJをやっているイベントにGR(リコーのコンパクトデジカメ、GR DIGITAL)を持って遊びに行って、撮らせてもらったりしていて。そしたら、たまたまRYUZOくんが『写真上手いらしいじゃん。今度イベントに撮りに来れば?』って言われて、『じゃあ、今日行って良いですか?』って。2009年だったと思いますが、そこで初めてラッパーのライヴを撮影して」

ーーーーその時に何か閃くものがあったんでしょうか?

「ありましたね。ファインダーを覗いた時に、いつもとは違うアーティストの顔が見えたんですよ。普通にライヴを観てても、音を聴きながらステージ全体を見るってなるけど、写真を撮る時は表情ばかりを追いかけるから、今まで見たことのない顔がいっぱい見える。『すげえ格好良い!』って。けど、それをそのまま撮りたいんだけども、GRだと全然撮れない。暗いし、ブレちゃってるし。実は今回の写真集にはその時の写真も入れていて。それが本当に最初のライヴの写真ですね。それから安いデジカメの一眼レフを買って、遊びでライヴに行って写真を撮るようになりました」

ーーーーー“現場叩き上げ”といった呼ばれ方をよくされますが、どうやって撮影の技術を学んでいったんでしょうか?

「同世代の仲の良いDJが(渋谷のクラブ)HARLEMでイベントをやっていたので、そこで毎週のように写真を撮らせてもらっていました。どうすれば暗い中でちゃんとブレずに撮れるのかっていうのを、マニュアルでシャッタースピードや感度を調整して、フラッシュ焚いたらこうなるとか。バウンスさせたらこうなる、照明の色味でこう変わるとかっていうのを、ひたすら研究してましたね」

ーーーーーそこにプラス、アーティスティックな感覚を写真から強く感じるわけですが、その感覚はどうやって身につけたものなんでしょうか?

「自分で写真を撮るまでは、そんなに人の写真を意識的に見てきたわけじゃないですけど、CISCOで働きながら漠然とレコードのジャケットとかを見てきた中で、ラッパーのこういう写真が格好良いっていうのが、勝手にインプットされてたんじゃないかなと思います。ライヴだったらこう撮ったら格好良いとか、この角度が良いとか。そういったビジョンが勝手に自分の想像の中で出来上がっていて、それを写真として表現するというか。あと、ライヴやヒップホップの写真を撮ろうと思ったきっかけで、フォトグラファーの鈴木啓太さんがブログであげていた、MUROさんのDJの写真がめちゃくちゃ格好良くて。それにすごくヤラレましたね。こんなに格好良くMUROさんを撮れる人がいるんだ?!って。この人みたいな写真を撮りたいなって思ったのも大きいですね」

ーーーーーちなみに影響を受けたフォトグラファーは?

「B+(カリフォルニア在住のフォトグラファー)ですね。J DillaとかDJ Shadowとか、俺が格好良いと思ったアーティストの写真はほぼB+が撮ったもので。何年か前に雑誌で見たKendrick Lamarの写真もそうだったけど、すげえアーティスティックに撮ってるなと思ったら、それがB+だったりする。例えば(ヒップホップ雑誌の)『THE SOURCE』で撮っていたChi ModuとかJonathan Mannionとかも、後追いで名前を知ったりはしたけども、彼らの場合はあくまでも(被写体の)アーティストから先に知って。けど、漠然と写真だけで、『なんだろ、この空気感は?』って思わされたのはB+が最初ですね。彼の写真はすごく印象に残るし、ダントツに色味が格好良い。海外の人だとB+が一番で、日本では鈴木啓太さん。彼らを目標にはしているけど、二人とも圧倒的にオリジナルだから、同じところに並ぼうとは思ってはいないです」

ーーーーー写真を撮りながら、会社員としても働いていて。そこから、写真一本でいこうって思ったのは?

「3.11の時ですね。実家のある八戸は直接的な被害っていうのはあまり無かったんですけど、親父と話した時に、『人間、いつ死ぬかわからないから、好きなことをやったほうが良い』ってことをポロっと言われて。普段、そういうことを言う親父じゃなかったんで、余計にそれが響いて。自分も好きなことをとにかくやって、無駄なことをやらない生き方をしようって思って。ヒップホップの現場に毎週行って、ヒップホップっていうカルチャーが好きだっていうことを改めて再確認して。それを自分の生活とどう結びつけるかっていうことに、フラストレーションがめちゃくちゃ溜まりまくっていたっていうのもあって。会社も辞めて、腹くくってやるしかないなって」

ーーーーーフォトグラファーとして本格的にスタートして、初期のエポック的な仕事をあげるとしたら?

「ANARCHYと(彼の所属レーベルの)R-RATEDの仕事ですね。ちょうどフリーランスで頑張ろうって思った2008年にANARCHYのアルバム『Dream and Drama』がリリースされて、ANARCHYやR-RATEDの仕事をたくさんさせてもらうようになって。R-RATEDが手がけたアルバム『24 Hour Karate School』の一環で、川崎のCLUB CTITTA’でやったカウントダウンライヴ(2010年末)を撮った時に、クラブだけじゃなくて、デカい会場でも俺いけるんだって思って。その時の写真がDVDに素材として使われたり、写真がメディアで使われるようになったのをきっかけに、名前も知ってもらえるようになって、いろんな雑誌から話をいただくようにもなって。それから、いろんなアーティストを雑誌の仕事で撮って、そのアーティストが何かをリリースする時に撮って欲しいって話がくるようになりました。けど、どれもヒップホップの芯から外れた仕事はなかったっていうか。全部、人とヒップホップのつながりで仕事がくるようになっていきましたね。それが今だに自然に続いている感じです」

ーーーーーアーティストから直接指名を受けたり、彼らに強く支持されている理由は何だと思いますか?

「なんででしょうかね? 前に(OZROSAURUSの)MACCHOからアー写の依頼があった時に、『なんで俺なのか?』って聞いたことがあって。そしたら『フォトグラファーは今まで何人も知ってるけども、そいつらはヒップホップじゃないからね』って。ヒップホップを感じないというか。『けど、お前はヒップホップだろ?』って。あと、ライヴとかも普通の雑誌の取材の人とかはちょっと撮ったら帰っちゃうけど、『お前はライヴの頭からケツまでずっといて、なんなら一番ガッときた時に目の前で撮っている。そうやってグイグイ来るもんな』って。そういう自覚はなかったけども、そうなのかなって」

ーーーーーちなみに今までの仕事で、最も思い出深い撮影は何でしょうか?

「2012年か2013年頃に雑誌『FLOOR』で撮った、DJ KRUSHさんですね。写真を撮り始めた時に、俺のヒップホップ的な究極の目標はDJ KRUSH、MURO、DEV LARGEを撮影するっていうことで。当時は、この人たちを撮れるようになったら、もう死んでも良いなって思っていて。後にも先にもあそこまで緊張した日は無かったですね。KRUSHさんの地元に行って撮影することになったんですけど、ロケハンしている時から、嘔吐するくらい緊張しすぎて。けど、KRUSHさんって会うとすごくいい人で、『そんなに緊張しなくて良いよ』って言ってくれて、それでリラックスしたんですけど、いざファインダーを覗いた瞬間に、いきなりいつものDJ KRUSHの顔になったんですよ。格好良すぎるし、その目の眼光の鋭さにやられちゃって、どうやって撮ったとか、その後のことは覚えてないです」

ーーーーー今回の写真集『RUFF, RUGGED-N-RAW-The Japanese Hip Hop Photographs』ですが、まず掲載した写真を選んだ際の基準を教えてください。

「最初は今の形とは全然違いましたね。今まで撮影したデータは全部取ってあるので、一つ一つ見直していって。最初はあまり人に見せていないものも出したいなって思って、バックステージの写真もたくさん入れたり。けど、やっぱり、俺の写真はライヴの印象が強いし、それを見たいっていう意見ももらって。なんでもかんでも詰め込みすぎるのは良くないなって。それで結局、自分の中にも強く残っていたライヴ写真を中心に載せようって構成して。あと、大きな基準はヒップホップで。ラッパーだけではなく、なるべく沢山のヒップホップアーティストを載せたいっていうのがあって。ただ、お互いによく知らないけど、名前が売れてるから載せましたみたい人は、ほぼいないですね。ある程度、人間的なお付き合いが出来ている人たちばかりで、気持ちを込めて選ばせていただきました」

ーーーーー表紙にDEV LARGEの写真を選んだ理由は?

「あれはMAKI(THE MAGIC)さんが亡くなった時の追悼イベントで撮ったもので。MAKIさんとも親交があったので、事前にそのイベントでも撮りたいですって言ってたんですけど、そこに急きょ、BUDDHA BRANDも出演するってことになったんで、急いで会場に行って。もともと、ちょっと近寄りがたい雰囲気のある人だったけども、出番前もちょっとピリピリしていて。ライヴは1曲だけだったんですけど、DEV LARGEが出てきた時の会場の熱気もすごくて、そんな中で偶然撮れたのがこの写真です。その後に本人から『この写真、すげえ気に入ってるんだよね。アー写にしてもいいかな?』って連絡をもらって。(DEV LARGEが)亡くなった時には、葬儀にも呼んでいただいたんですが、その時にお母さんもあの写真をすごく気に入っていて、『今までヒデ(DEV LARGE)のいろんな写真があった中で、これが一番格好良い』って言っていただいて。今回の写真集はベテランから若手まで、自分が撮った日本のヒップホップアーティスト全てにフォーカスして、とにかくいろんなアーティストを入れたいと思ってたけど、俺が中学生の時に一番最初に影響を受けたのがBUDDHA BRANDで。その中で、プロデューサーとしてもそうだけど、ラッパーとしてのDEV LARGEがすごく好きで、この人の名の下(もと)に自分がいるっていう感じが、俺の中ではあって。自分を代表するものは何だろう?って考えた時に、表紙にはこの写真以外はないなって。もし、DEV LARGEが亡くなっていなくても、これを表紙にしたくらい、気に入っている写真ですね」

ーーーーー今回の作品はcherry chill willの初の写真集というだけでなく、日本のヒップホップシーンをテーマにした初めての写真集という事も非常に重要だと思いますが、そのことについては?

「まさに、それが俺のやりたかったことですね。例えば、ロックの世界だとフォトグラファーの層も厚いし、80年代から撮っている人が今でも最前線で現役で撮っている人がいっぱいいるじゃないですか。そういう人たちってコンスタントに作品を発表しているし、見せる場を作っていて、ロックとそのフォトグラファーがちゃんとセットになってる。けど、ヒップホップは写真の扱われ方が、今まではただの情報でしかなかった。それが一人のフォトグラファーとして残念で。ヒップホップの4大要素ってあるじゃないですか。その中に写真も入って良いと思ってるから。日本でそういうフォトグラーがいないっていうのは悲しすぎると思って。80年代、90年代から撮っている先輩方もいますけど、誰も出さないんだったら、俺が最初にやりたいなって。これをきっかけに昔から撮っている方たちも出してくれたら良いなって思いますね。俺もそれを見たいですし」

ーーーーー今回の写真集もモノクロの写真が多くて、cherry chill willイコール、モノクロっていうイメージが強いですが、モノクロにこだわる理由は?

「昔からモノクロは好きで。当たり前の話ですけど、ライヴって肉眼で見たらカラーじゃないですか。けど、モノクロっていうのは肉眼では絶対に見れない、写真だけの特別な世界観で。それから、写真は全部過去のものであって、そのノスタルジーを最大限に引き出すのががモノクロかなって。もう一つは、モノクロは写真の空気感を他人に預けらられる気がしてて。色が入ってない分、見た人に想像させる力もあるし。これがディープな空間なのか、アッパーでわーってやってる空間なのか。一つの絵として、どう感じ取れるかは見る人の自由だし、その人にお任せできる。モノクロは人の感受性を豊かにするっていうところがあると思いますね」

ーーーーーあらためてフォトグラファーという仕事の面白さは何でしょうか?

「写真をやり出して、人と人の運命的なものを感じることが多くなりましたね。仕事でもプライベートでも、普段は会わないのに、ある時期だけしょっちゅう会う人っているじゃないですか。それって何かの暗示だったりするし、そういう点みたいのが、全部線になって仕事としても繋がっている。そういう不思議な縁とかを感じることが多いですね。それから、去年、写真展をやった時に、高校生の3人組が来てくれて。彼らが初めてラップに興味を持ったのがIOで、そこからKANDYTOWNを知って。そこから写真が格好良いなって思って、自分の名前を知って、インスタグラムを覗いたら、ヒップホップの人がいっぱい載ってて、いろいろ聴くようになりましたって。そういうのとかも面白いなって。新しい音楽を知ることもそうですけど、点が線になって、いろいろな出会いが生まれるっていうのを感じることが多いですね。写真をやり出してからは特にそう思います」

ーーーーー写真集を出すのはフォトグラファーとしては一つのゴールだと思いますが、次に目指していきたいのは?

「海外へ進出したいですね。いずれLAやNYで写真の展示はやりたいですし、もっと世界を見てみたい。インスタグラムで格好良い写真を撮っている海外のフォトグラファーとかもフォローするようにしてるんですけど、LAとかに行ったりすると、必ず誰かから連絡が来るんですよね。『LAに来てるならハングアウトしようぜ!』って。フォトグラファーだけでなく、NYで洋服作っているクリエイターとか、『東京行くから会わないか?』とかメッセージをくれたり。最近は上海、北京、香港とか、アジアも多いですね。写真集出すって発表したら、すごくたくさんメッセージをもらって。そういう繋がりや出会いも大事にしながら、日本のヒップホップを写真っていう部分で、もっと世界へ打ち出してみたいなっていうのはありますね。あとはキューバとか、いろんな国の風景や人を撮りたいですね。撮影で海外に行った時に、空き時間にひょろっと出かけて、裏路地を撮ったりとか、人を撮ってきたりとかしてるんですけど、それがすごく楽しんですよね。そういう撮影のための旅行をもっとしてみたいですね」

 

RUFF, RUGGED-N-RAW -The Japanese Hip Hop Photographs-ジャパニーズ・ヒップホップ写真集

伝説のレコードショップ「CISCO RECORDS」バイヤーから写真家となり、多くの現場を写し出してきたcherry chill will.初の写真集が遂にリリースされた。60組以上のアーティストのライブ、アーティスト写真を未発表作品も含め200点以上掲載。シーンを代表する21人のアーティストによるコメントも収録された今後のバイブルとなる事確実の1冊だ。

cherry chill will[. 著]
ISBN : 978-4-86647-046-7
予価 : 3,000円+税
B5変型(190×228mm)・240頁(カラー32頁)・上製
2018年2月9日発売

 

Text & Photos by Kiwamu Omae

writer: Kiwamu Omae