シェーン・スミス インタビュー:ロサンゼルスの一角で5年間撮り続けた写真から見えるアメリカの日常
2026.03.24

ロサンゼルスの繁華街、サンセットとフェアファックスの交差点にあるドラッグストアの駐車場。そこに訪れる人々をひとつの定点から5年間撮り続けた写真集『The Sunset and Fairfax Rite Aid Parking Lot Collection』が誕生した。本作を手がけたのは、LA在住のクリエイティブディレクター/写真家、シェーン・スミス。ローンチを記念し、米原康正がキュレーションを手がけるtHE GALLERY HARAJUKUにて、2日間限定の写真展が開催される。来日を目前に控えたシェーンに話を聞いた。
――日本にはよく来られるのですか?
「ええ、ここ数年で3回ほど行ったと思います。とにかく東京が大好きなんです。YONEさんと一緒にショーができることに、本当にワクワクしています。友人の一人が私たちを繋いでくれて、それがきっかけで連絡を取り合うようになったんです」
――ではまず、あなたのバックグラウンドについて少し教えていただけますか?
「私はシェーン・スミスといいます。出身はミズーリ州のセントルイスという街です。メリーランド州のボルチモアにある大学で写真を学びました。その後ニューヨークへ移り、コマーシャルフォト(商業写真)の仕事をしていましたが、次第にクリエイティブ・ディレクションの方に深く関わるようになりました。そして、仕事でロサンゼルスに移ったのですが、ちょうどコロナ禍の時期で、自宅で仕事をするようになりました。 その頃、マーケティング部門で働いていたのですが、その時に窓から見える外の写真を撮り始めたんです。それが結局、本やYONEさんと一緒に進めているギャラリーでの展示へと繋がっていきました」
――大学で写真を学ばれて、これまでクリエイティブディレクターとして仕事してきましたが、ご自身をどのように定義されていますか?
「大学で写真を専攻したので、自分の一部では今でも写真家だという自覚はあります。大学で写真は学びましたが、ここ10年ほどは様々な企業でクリエイティブディレクションやアートディレクションに携わっています」
――なるほど。あなたのアパートの真ん前に、ライト・エイド(ドラッグストア)の駐車場があり、駐車場に車を停める人たちの写真をiPhoneで撮り始めたとのことですが、写真を撮り始める前、その駐車場にいる人々を眺めながら、どんなことを考えていたのですか?
「人々を観察していました。写真シリーズを始めるきっかけには、2つの異なる瞬間があったんです。 まず、空に虹が出ていた時がありました。その虹の下にフェラーリが停まっていて。 「わあ、これこそロサンゼルスだ」と思ったんです。その光景があまりにも美しく理想的に見えたので、写真を撮りました。それから数週間後、ブラック・ライヴズ・マター(BLM)の暴動が激しかった時期を覚えていますか? あの駐車場が、警察官たちの待機場所になったんです。ある日目が覚めて窓の外を見ると、5、60台ものパトカーが並んでいました。 その写真を撮りました。その時、「わあ、この駐車場では本当に色々なことが起きるんだな」と思いながら観察していたのを覚えています」

――毎日仕事をしながら窓の外を眺めていたのですね。
「そうです。そうするうちに、窓の外にいるとても興味深い人たちに気づき始めたんです。そして、いつもあの感覚を覚えるようになりました。名前は思い出せませんが、ある言葉があるんです。ふとした瞬間に目にする誰もが、自分と同じように、その人なりの人生を送り、物語を持っているのだと気づく瞬間のことです。駐車場には毎日、何百人もの人がやってきます。駐車場にいる誰もが、人生の中のその特定の瞬間だけそこにいるけれど、私には決して理解できない、彼ら自身の人生の物語があるのだと考えていました。でも、彼らを見つめ、彼らの物語を想像することで、自分なりの物語を作り出すこともできるんです」
――東京で電車に乗っているといろんな人がいるのですが、私も電車の中で特定の人を見ながら、そんな風に思うことがあります。「この人は今、幸せなのかな、そうじゃないのかな」「会社や家族とうまくいっているのかな」とか。彼らの人生がどんなものか、どこへ向かっていて、どこから来たのか、と考えてしまいますよね。
「私が駐車場に対して考えていたのも、まさにそういうことでした」

――駐車場というのは、都市の中で「日常生活」が最も目に見える場所だと思われますか?
「ええ。私が駐車場を最も興味深いと思った理由は、仕事中や友人の前、あるいはパーティーなどにいる時は、私たちはある特定のタイプを「演じなければならない」からです。 人は「あるべき姿」を見せなければならないと感じるということです。 誰かに観察されているという自覚がない時、人は最も「本当の自分」になります。 駐車場に来る人たちを観察していて気づいたのは、駐車場は「他のあらゆる場所の隙間にある空間」だということです。家族と一緒にいる家でも、一人きりの場所でもない。職場でもなければパーティー会場でもない。だから、多くの人を観察していると、普段は決して見ることのできない、独り言を言っていたり、ありのままの自分として振る舞っていたりする瞬間を捉えられる気がしたんです。ロサンゼルスという場所柄、そこには本当に多様な人々がいて、皆が本当の自分をさらけ出していました。だからこそ、私はこの場所に魅了され始めたんです。まるで演劇のショーのように感じられました」
――なるほど。一歩店の中に入れば、人がいるので、ある特定の振る舞いをするようになりますよね。 でも、駐車場ではそうではない。
「ええ、駐車場では、自分とは違う何者かを装う理由が誰にもありません。だからこそ、駐車場には現実の人生が表れるのだと思います。誰かの家の窓から中を覗き込めば、同じような瞬間が見えるかもしれませんが、駐車場が面白いのは、そこが「公共の場」であるという点です」
――人々を観察する際、「観察すること」と「プライバシーを侵害すること」の境界線についてはどう考えていますか?
「そのことについては、ずっと考えていました。特に、これを写真集としてまとめたいと気づいてからは、より深く考えるようになりました。撮影を始めて最初の3年間は、その写真を誰かと共有する計画なんて全くありませんでした。ですから、時にはこれはどうなんだろうと感じる瞬間もありました。例えば、誰かが泣いているのを見かけた時など、「彼らの人生におけるこのような瞬間に、写真を撮るべきではないかもしれない」と感じたり。一方で、人々が楽しんでいたり、笑ったり踊ったりしている瞬間は、それほどプライバシーを侵害しているとは感じませんでした。「観察すること」や、プライバシーの侵害になるような瞬間を捉えているのではないかと考えることもありましたが、別の見方をすれば、彼らはすでに公共の場にいて、私はただその状況を観察し、学ばせてもらっているだけなのだ、とも。だから、それほど悪いことだとは思いませんでした。しかし、友人と一緒に本をデザインしている時に気づいたのですが、中には明らかに犯罪行為に及んでいる写真もありました。 それは流石に、プライベートな経験であるべきものを侵害していると感じたので、本にする際は彼らの顔に黒いボックス(伏せ字)を被せました。そうした瞬間はいくつかありましたね。そして、本が完成した時、実はアパートを引っ越したんです。怖くなってしまって。本が出版されたら、そこに写っている誰かが、私を捜してアパートにやってくるかもしれないと思ったんです。」

――私も大丈夫なのかなと思っていました…。引っ越されたんですね。今日、写真はPhoneやスマートフォン、SNSの普及によって、「大きな瞬間」を捉えることよりも、「日常生活」を捉えることへとシフトしているように感じます。あなたはそのあたりをどう見ていますか? 「大きな瞬間」を撮ろうとするのではなく、もっと日々の生活にフォーカスしているというか。
「それについては本の前書きにエッセイを書いています。かつて写真は、絵画やドローイングを学ぶのと同じように、カメラの使い方そのものを学ばなければいけませんでした。ある時点まで、写真はもっと「芸術的な結びつき」が強いものでした。しかし今は、SNSやスマートフォンの普及で誰もが写真を撮るようになり、それは必ずしも「全員が写真家である」ことも意味しなくなりました。ただ、この本を作るにあたって私が決めたのは、写真の編集(明るくしたり暗くしたりすることさえ)を一切しないということでした。スマホで撮ったそのままの状態を保ち、一切の調整を加えないことにしたんです。誰にでも撮れるような写真だと感じてほしかったからです。スマートフォンで撮った写真がどんなものか、誰もが知っています。だから、この写真のコレクションが、電話を持っている人なら誰でも撮れたかもしれない、という風に見えることを強く望んでいました」
ーーあえて加工をしなかったのはそういう理由だったのですね。
「今は、誰もが常にカメラを持ち歩き、インターネットにつながっているから、自分の人生をたくさん共有できるようになりました。でも、この写真集が特別だと思うのは、それが「一つの場所」に対する観察であり、そこで起きる非常に多くの出来事を捉えているからです。これはロサンゼルスの生活、あるいは単に人間の行動や人生を覗き込む窓のようなものです。とても正直でオーセンティック(本物)な感じがします。 自分の生活をスマホで撮ってインスタグラムなどに上げる時、それは時として自分の人生を「不正直に表現したもの」になってしまいます。 だから、誰もが親しみを感じるフォーマット(スマホ写真)で示すことが、これが演出された写真ではなく「観察」であると感じてもらう助けになると思ったんです」

――YONEさんとは、最初にどうやって出会ったのですか? 東京にいらした時、共通の友人を通じて会われたとのことでしたが。
「実は、私は15歳の頃からYONEさんの作品の大ファンだったんです」
――えっ、どうやって彼の作品を知ったのですか?
「15歳の時、アメリカの「Greedy Genius」というスニーカーブランドでインターンをしていたのですが、そこがYONEさんの写真を使ったスニーカーを出していたんです。 「この写真は誰が撮ったんですか?」と聞いたら、CEOがYONEさんのことを教えてくれました。彼の写真がとても気に入りました。その後、高校生になって荒木(経惟)さんを知った時、YONEさんと荒木さんは異なる世代の、同じタイプの写真家だと感じたんです。YONEさんの写真が大好きで一緒にショーをしたいと思った最も重要な理由は、誰もが高級なカメラを使うファッション写真の世界にいながら、インスタントカメラ(ポラロイド)を使うことを選んだからです。それは、今の自分と同じだと思いました。私は、誰もが高い制作費をかけて撮影するロサンゼルスに住んでいますが、自分を表現する方法は、手元にある最もシンプルなカメラ(スマホ)でした。YONEさんが自身の芸術でアイコンになった過程と似ていると感じたんです。それで、アメリカの同僚に私の写真集を見せて、「この『アメリカの生活』のシリーズは日本の芸術コミュニティならきっと理解してくれると思うから、東京でショーをしたいんだ」と言ったところ、彼が紹介してくれました。彼が「ああ、俺の友達のYONEに話してみなよ」と言ったので、「ええっ、YONEさん!?絶対に話したい!」となりました。それで東京へ行った際、彼女と一緒に彼のギャラリーへ行き、本を渡したんです。すると彼がスタジオに招いてくれて。そこには荒木さんの本が山ほどあって、それを見ながら音楽を聴き、お酒を飲んで、最高の時間を過ごしました。この写真シリーズに大きなインスピレーションを与えてくれたアーティストが、彼の住む街で最初の発表の場を提供してくれることになり、本当に本当に嬉しかったです。とても興奮しました」
――彼はあなたの作品のどこに惹かれたのだと思いますか?
「YONEさんが言うには、彼は何というか「極端な状況」が好きなのだそうです。彼が日本の音楽フェスで撮った写真集を見せてくれましたが、そこには、とても変わった格好をした若者たちがたくさん写っていました。アメリカから来た私から見ると、日本文化はここだという瞬間にとても「表現豊か」になるように感じます。電車で大声で話したり食べたりはあまりしませんが、ダンスパーティーに行けば、皆が激しく踊って楽しんでいます。彼は日本文化の中にある、より極端な瞬間を観察するのが大好きだったようです。私の本を見た時、彼が一番気に入ってくれたのは、アメリカ文化の極端な瞬間を捉えたイメージだったのだと思います。また、彼は、「最高級のカメラを使う」といった技術的なことよりも、実行(撮影)自体は非常にシンプルでありながら、被写体が非常に表現豊かで複雑であるという点を気に入ってくれたのだと思います。お互いの芸術に通底するものを共有できた瞬間だったと思います」

――今回の展示で、人々には作品を見て何を感じてほしい、あるいはどんな経験をしてほしいと思っていますか?
「考えていることは2つあります。まず、ロサンゼルス以外に住んでいる人々にとっては、これは「アメリカの生活」を覗く窓になります。年齢も人種も異なる非常に多くの人々が、一つの空間を共有している様子を見ることができます。全くタイプが違う人たちが、同じような体験をしていることに気づいてもらえたら嬉しいですね。誰もがスーパーやコンビニに行かなければなりませんからね。ロールスロイスを運転する大富豪であっても、ホームレスであっても、同じような生活を送っていて、同じ公共の場所に行かなければならない。誰もが食べ物を必要とし、トイレットペーパーを必要としている。それを見て理解してほしいんです。置かれている状況が違っても、人間は皆同じ人間であり、感情を持っていて、誰もが、日常の合間にふと素の自分に戻るような瞬間を持っているということを。一方で、この本を見るロサンゼルス住んでいる人々に対しては、こう思います。 ロサンゼルスに移住してくる人の多くは、叶えたい夢を持っています。「国を代表する特別な存在」としてではなく、「個人として特別でありたい」という願い。それはとてもアメリカ的な概念だと思います。ロサンゼルスでは皆が「自分を証明すること」に必死で、時として立ち止まって周囲を観察することを忘れてしまいます。大学で写真や美術を学んだ私にとって、この本を作ることは、巨大で派手な制作は必要ないのだと気づかされる、とても学びのある経験でした。ただ時間をかけて周囲の世界がどう動いているかを観察するだけで、他の何よりも多くのことを学べました。400ページを超えるこの本は、5年以上にわたって私が周囲で起きていることを観察し続けた時間の記録です。ニューヨークやロサンゼルスに住んでいると、長い間忘れていたことでした。ですから、この本から受け取ってほしいメッセージは、どんなに優れた写真家やディレクター、キュレーターであっても、特別な何かを追い求めなくても、時間をかけて観察することで、すべてはすでに日常の中に現れているということです」

――今後の予定はどうなっていますか?
「今後の計画ですね…クリエイティブ・ディレクションの仕事は続けていますが、面白いことに、この本が完成した時期に多くのことが重なりました。本が完成した直後、あの駐車場の持ち主だった「ライト・エイド」が全米で倒産し、閉店してしまったんです。だから今やこの本は、もう存在しない場所の瞬間を集めたコレクションになりました。色々なことが起きました。店の閉店があり、それから父が癌で亡くなりました。その頃、YONEさんにも会わせた今の彼女と出会い、一緒に住み始めました。これらすべてが起きている間、私はウォール・ストリート・ジャーナルで働いていましたが、そこを辞めることにしました。何年も駐車場を観察し続けたことで、自分自身の人生の価値観が違う形で見え始めたからです。 今は、音楽アーティストのクリエイティブ・ディレクターとして、よりアートに基づいた仕事に取り組んでいます。今後の計画としては、新しい写真プロジェクトを進めています。今回のプロジェクトとは全く違うものです。というのも、今回のようなプロジェクトは計画してできるものではないからです。本にするつもりなんて全くなく、ただ本当に人々を観察していただけなので」
――次のプロジェクトはどのようなものになるのですか?
「今回のプロジェクトから、多くのことを学びました。次のプロジェクトはより作り込んだ、演出やディレクションを伴う写真シリーズになりますが、私にとっては全く異なる意味を持ちます。クリエイティブ・ディレクターとしての仕事も、以前とは違うやり方で続けていくでしょう。でも、このプロジェクトのおかげで、「アーティストであること」の意味についても新しい理解が得られた気がします。忍耐強く、宇宙が「今だ」と告げるまで、物事が自分の方へやってくるのを待つことの大切さを学びました。自分が望む通りに物事を無理やり動かそうとするのではなく。そのおかげで、これから、人生がどうなっていくかについて、とても穏やかな気持ちでいられます。 窓の外の何百人、何千人もの人々の人生を見てきて、皆それぞれ違う場所にいるけれど、それでも皆大丈夫で、それぞれの人生を生きているのだと知っているからです。だから今後の計画は、自分にとって正しいと感じられる道を歩み続け、すべてはいつもうまくいくと信じることです。もう無理に状況を作ろうとはせず、時が来れば物事が舞い込んでくるのを、よりオープンな気持ちで待っています」
――東京にはいつ到着されますか?
「今月の24日に到着します。まずロサンゼルスでショーを行い、24日に東京へ飛びます。彼女や友人たちも一緒です。 東京へ行くたびに、とても重要なことを学べる気がします。日本語を話せないアメリカ人として、私は再び「観察者」であることを強いられ、主体(中心)ではなくなるからです。アメリカ的な考え方では、誰もが自分がその状況や会話の中で最も重要な存在でありたいと願います。でも東京にいると、自分はもっと大きな何かの一部なのだと思い知らされます。もう何度も行っているので、色々な経験をさせてくれる友人もたくさんいます。行くたびに地に足がつく感覚になる、それが東京を訪れるのが大好きな理由です」
【プロフィール】
Shane Smith(シェーン・スミス)
シェーン・スミスは、日常の風景の中に潜む人間の感情や気配を観察し、写真と言葉を通して記録するアメリカの写真家・アーティスト。
ロサンゼルスを拠点に活動し、都市の片隅に存在する「見過ごされがちな場所」を長期的な視点で捉えるプロジェクトを多く手がけている。

【開催概要】
タイトル:The Sunset and Fairfax Rite Aid Parking Lot Collection
会期:2026年3月27日(金)、28日(土)
会場:tHE GALLERY HARAJUKU(東京都渋谷区神宮前3丁目20-21 ベルウッド原宿1階-C)
時間:11:00~19:00
writer: Atsuko Matsuda