INTERVIEW

HOME > INTERVIEW > Atelier506 > Atsuko Matsuda > JR CHUO インタビュー:珊瑚の美しさと儚さを通して問いかける私たちの未来

JR CHUO インタビュー:珊瑚の美しさと儚さを通して問いかける私たちの未来

2025.10.25

珊瑚をモチーフに、切り絵の技法を用いて作品を制作するイギリス出身のアーティスト、JR CHUO。世界中の珊瑚を取り巻く環境が悪化するなか、彼は失われつつある珊瑚の美しさと儚さを作品に刻み続けている。ロンドンと東京、二つの都市を行き来する日々の中で、環境問題はいつも“遠いもの”だったというJR CHUOが、“アートで伝える”道を選んだ理由とは。11月7日よりスタートする日本での初の個展を目前に控えた彼に話を聞いた。

 

日本の映画や音楽、建築に強く惹かれた幼少期

 

――まずは、バックグラウンドについて教えてください。イギリスのどの地域で生まれ育ったのですか?

「イギリス東部、ロンドン郊外で育ちました。サフォーク・エセックス地域で、とても静かで自然に囲まれた環境でした。子どもの頃からロンドンによく出かけていて、特にイースト・ロンドンのギャラリーや、ショーディッチ周辺のストリートアートに触れる機会が多かったです」

――海外の文化にも興味があったと聞きました。

「はい。母方がポルトガル・リスボン出身なので、子どもの頃から言語や文化に強い関心がありました。日本語も話せます」

――日本語の勉強はいつから始めたのですか?

「12歳のときに勉強を始めました。その後、大学では主に日本語の言語の研究にフォーカスしていましたが、それだけでなく、日本の政治や国際関係、東アジア地域のことも幅広く学びました。2年前に慶應大学にも留学していました」

――12歳とはずいぶんと早くから日本語を学ばれたのですね! きっかけは何だったのでしょう?

「12歳のとき、家族旅行で初めて日本を訪れました。スタジオジブリの映画や音楽、安藤忠雄などの日本の建築、その他日本のいろいろものに強く惹かれていて、家族がサプライズで連れて行ってくれたんです。それがきっかけで、日本語を本格的に勉強するようになりました。

――自然に囲まれて育ったとのことですが、子どもの頃から環境問題に興味はありましたか?

「子供の頃に学校の地理の授業で気候変動を学び、自然や環境に関するドキュメンタリーを見るようになったのがきっかけです。そこから興味を持ち始めました」

 

慶應大学在学時

 

京都で出会った切り絵が珊瑚を描く原点に

 

――切り絵を始めたのはケンブリッジ大学に在学中の時ですか?

「実は、最初に始めたのは12歳の時なんです。家族旅行で日本に来たとき、京都の宿泊先の近くに「伊勢型紙」の工房があったんです。型紙は通常着物のプリントのデザインに使われているんです。工房で職人さんが素晴らしい作品を彫っている様子を間近で見て、イギリスに帰ってから自分でも切り絵をやってみたいと思うようになりました。実際にオンラインで作品を発表するようになったのは、ケンブリッジに入ってからですね。2020年です。コロナ禍で展示ができない状況だったので」

――10代の時に制作した作品は、どこかに保管していますか?

「保管していますよ。その頃は都市の建築物を中心とした作品を作っていました」

――近年はずっと珊瑚をモチーフにしていますが、いつ頃から珊瑚のモチーフを取り入れているのでしょうか?

「16歳頃からです。だから、随分と長い間やってますよね(笑)」

――確かに! 珊瑚礁が直面している問題を世の中に知ってもらうのが最初のきっかけですか?

「最初は気候変動や珊瑚の白化について学んでいたときに、インターネットで見た珊瑚の写真が美しくて強く惹かれたのがきっかけです。まずはアートの視点から興味を持って、その後、珊瑚の生態系を守ることが環境にとってどれほど重要な存在なのかを学びました。なので、最初はビジュアルの視点がきっかけですね」

 

 

時間を刻み、想いを層にする制作プロセス

 

――制作はかなり細かい作業になるかと思いますが、例えば、直径20センチくらいの珊瑚の作品を作るのに、どのくらいの日数を要するのですか?

「企画を立てて、デザインをして、カッティングをして、作品額に入れる全ての工程だと、  僕の作品の中で一番小さいサイズの20cmの作品でも数週間から数ヶ月かかります。サイズによって大きく異なりますが、大きな作品になると数ヶ月から数年かかりますね。一番大きい作品は、2メートルくらいで完成までに2年かかりました。まだ高校生だったので、毎日制作していたわけではなくて、時間があるときに少しずつ進める“長期プロジェクト”みたいな感じでした。時間をかけて取り組んだことで、そのときどきの気持ちや感覚がデザインの中に自然と刻み込まれていると思います。2年かけて完成したときには、いろんなインスピレーションや要素がデザインの中に層のように重なっていて、結果的に自分のスタイルも有機的に進化した感じがあります。」

――作品のタイトルには東京の地名や地下鉄の駅名がよく使われていますが、それはなぜですか?

「僕の作品の多くは都市の環境にインスパイアされているんです。ロンドンや東京といった都市に長くいると、環境問題が自分の生活からすごく遠くにあるように感じられて。僕自身も当時はロンドンに住んでいたわけではないけれど、頻繁にロンドンや東京に滞在していたので、その感覚がより強まりました。そこで、東京の地下鉄の駅名をモチーフとして使い始めたんです。それを一種の「ファサード(表層)」として配置し、その奥にアートの主題(環境のテーマ)を込めるようにしました。地下鉄の駅は東京にたくさんあるので、いくらでも続けられます(笑)」

 

 

東京という都市と珊瑚が交差する初個展

 

――今回、tHE GALLERY OMOTESANDOで個展を開くことになったきっかけは何だったのでしょう?

「表参道はお気に入りのエリアで、東京に来ると表参道と原宿にいることが多いんです。今回初めて日本で個展を開くのですが、最初は原宿〜表参道エリアでやりたいと思っていたんです。去年、tHE GALLERY OMOTESANDOにふらっと立ち寄った時、空間にとてもインスピレーションを受けました。キュレーターのYONEHARAさんと話して、ぜひ、ここで個展をやってみたいと強く感じました」

――それは、1年くらい前のことですか?

「そうです。冬の時期に日本に来るのが好きなんです。観光客も少なく静かなので。イギリス育ちなので、寒さも気にならないですし」

――今回の展示テーマはどのように決まったのですか?

「ケンブリッジの教授から数ヶ月前に送られてきた「東京湾に珊瑚が出現している現象」に関する記事がきっかけでした。もともと四国や日本の南部に生息していた珊瑚が、温暖化の影響で東京湾まで北上しているという内容です。興味深い現象ですが、これは気候変動の非常に明確なサインでもあります。過去10〜20年の間に進行し、今はより大きな問題として注目されています」

――そんな現象があるなんて知らなかったです。調べてみます!

「本当に興味深いトピックですよね。僕自身も、東京から大きなインスピレーションを受けながら制作しています。日本滞在中は地下鉄で過ごす時間が多いので、珊瑚と東京という二つのモチーフが自然と交差していったことが、とても面白い展開になったと思っています。展示では、珊瑚をモチーフにした作品を多く出展する予定ですし、さらに今回は初めて立体的な作品(彫刻的な要素)にも挑戦します。とてもワクワクしています!」

――今回の展示では、作品は何点くらい出展される予定ですか?」

「だいたい 30点ほどを予定しています。そのうち5点は大型のメインとなる作品で、他に中型作品が数点、あとは小さな作品もたくさんあります。サイズやタイプもバリエーション豊かになる予定です」

――ギャラリーのスペースの中央に立体の作品を展示する感じですか?

「そうですね!」

――楽しみにしています! ところで、日本の珊瑚礁を実際に見に行ったことはありますか?

「まだ実際には訪れたことがないんです。でも、調査や制作を進める中で、今後ぜひ現地を訪れたいと思っています」

 

 

珊瑚を守るために私たちができること

 

――私たちのような一般の人が珊瑚礁を守るためにできることって、何かあると思いますか?」

「まず基本的なこととして、自分たちのカーボンフットプリント(温室効果ガスの排出量)を意識することがとても大切だと思います。それに加えて、珊瑚礁の保全に最前線で取り組んでいるNGOへの寄付や支援も、大きなインパクトを与えられる方法です。僕自身も CoraliveというNGOと活動していて、彼らは世界各地で先進的な技術を使った珊瑚の再生プロジェクトを進めています。こうした団体への直接的なサポートが、珊瑚を守る上でもっとも大きな貢献のひとつになると思います」

――日常生活の中でも、私たちにできる小さなこともありますよね。

「例えば、プラスチックの使用を減らしたり、ゴミを出さないように意識したりといった、ごく当たり前のことに気を配るだけも違ってくると思います。今の時代はなかなか難しいことも多いですが、できる範囲でベストを尽くすことが大切ですね」

 

 

ポップさと明るさに忍ばせたメッセージ

 

――あなたは珊瑚礁をモチーフにして、環境問題への意識を高める活動をされていますが、アートには人々の意識や行動を実際に変える力があると思いますか?

「はい、私は活動家というわけではないんですが、アートには人と人をつなぐ大きな力があると感じています。もともと私はアートをやりたくて、そのなかで珊瑚というテーマと出会い、自然と自分の作品の核となっていきました。アートって、多くの人が日常的に知らず知らずのうちに触れているものですよね。だからこそ、作品を通じて人々の関心や感情に直接働きかけることができると信じています。SNSなど自分のプラットフォームを通じて、人々に珊瑚の美しさや大切さを感じてもらえたらと思っています。珊瑚は永遠ではありません。残念ながら、未来の世代は実際の珊瑚を見ることができず、写真や作品、博物館を通してしか触れられなくなるかもしれない。だからこそ、アートという形でその姿を記録し、伝えることが重要だと考えています。私はこの問題に対してとても敏感で、だからこそ珊瑚は自分にとって大きなテーマになっているんです」

――『〜するな、〜してはいけない』と頭ごなしに言われるよりも、美しさを通して心に届く方がずっと強いインパクトがあると思います。

「私の作品はとても鮮やかでカラフルで、都市やストリートアートからの影響も多いんです。ある意味で、一見ポップで明るいファサード(表層)の裏に、深刻なテーマを忍ばせているという構造なんです。同時に、珊瑚の“美”そのものを讃えることも大切にしています。鑑賞者がポジティブな印象を持ちながら珊瑚を見つめることで、自然と関心が高まったり、『守りたい』という気持ちにつながればと思っています」

――最後に、もし科学者や活動家、コミュニティなどとコラボレーションするとしたら、どんなプロジェクトをやってみたいですか?

「さきほども話しましたが、私は Coraliveという素晴らしいNGOと一緒に活動しています。今も世界各地で新しい珊瑚を植え、珊瑚礁を再生するための革新的な技術を使ったプロジェクトが進行中なんです。これからも彼らと協力しながら、そういったプロジェクトに関わり続けていきたいと思っています」

 

 

【プロフィール】

JR CHUO(ジェイアール・チュオ) 

2002年 イギリス生まれ
2023年 文部科学省奨学生として慶應義塾大学に留学、修了
2024年 ケンブリッジ大学 アジア・中東研究学部 日本学科卒業。
イギリスとポルトガル出身で、ロンドンと東京を拠点に活動する切り絵アーティスト。
日本の伝統的な伊勢型紙の技法に影響を受け、繊細な紙を用いて、
数千にも及ぶ手作業の切り込みによって複雑で緻密な構造を生み出しています。
近年は、サンゴ礁の構造や都市のリズムをモチーフに、
自然と人間のシステムがどのように適応し、生き延び、あるいは崩壊していくのかを探求しています。
また、社会に存在する表面的な美しさや構造の裏に隠された現実を見つめ、
反復と抵抗のテーマを通して「生存」と「解放」の均衡を問いかけています。
作品やそのメッセージは、BBC、DW(ドイツ)、NHKなど
国際的なメディアでも取り上げられています。
Forbes Under 30アーティストとしても選出されています。
Instagram
@jrchuo
Website:https://www.jrchuo.com

 

【開催概要】

タイトル:JR CHUO「System of Escape」

会期:2025年11月7日(金)~11月30日(日)

会場:tHE GALLERY OMOTESANDO

休廊日:11/10,12,17,18,25,26

時間:12:00 〜 19:00

URL:@the_gallery_omotesando

writer: Atsuko Matsuda