Mikako Arai インタビュー:油絵と漫画の境界線と時空を超えた誰も観たことがない世界を描く作家
2025.07.15

油絵と漫画という異なる視覚表現を融合させ、和と洋、現実と物語、今と伝統を軽やかに越えていくMikako Arai。明るくユーモアに満ちた独自の作風で描かれる彼女の分身「ミカミン」は、天真爛漫、好奇心のままに大胆に動き回り、見る人の心に希望のエネルギーを届けてくれる“カンフル剤”のような存在だ。現在、阪急メンズ東京7階「+DA.YO.NE.GALLERY」で開催中の個展(〜8月5日)に際し、作家本人に話を聞いた。
アメリカの大学では広いアトリエで自由に絵を描くことができた
――東京出身ですよね? 子供の頃から絵を描いていたのですか? 少女漫画全盛期だったと思いますが、漫画は好きでした?
「近所に画家が住んでいて、私の母が絵を好きだったので、私に本当の画家から絵を習わせたいということで、その方の自宅の絵画教室に通っていました。水彩で自由に描いていました。漫画に夢中というわけじゃなかったですが、りぼんやなかよしなどの月刊誌を買ったりしていました。付録もよかったので」
――アメリカの大学で美術と心理学を学ばれたそうですが、美術はどんな分野を学ばれたのでしょうか?
「日本の大学もそうかと思いますが、美術史なども学びました。私にとって一番よかったのは、大きい大学だったので、広いアトリエがあったんです。ひとりひとりに場所をあてがってくれて、今思うとありがたかったです。筆や絵の具などの画材も置くこともできたので、他の授業の合間に1時間くらいアトリエに行って絵を描くなんてこともできました。すごくいい環境でした。アトリエの上に教授たちの部屋があったので、通る時につかまえて、見ていただいたり、アドバイスをいただいたり」
――アメリカのどこの州ですか? 滞在していた時は美術館やギャラリーにはよく行かれていましたか?
「ワシントン州のシアトルです。当時は自分が絵を描くことに夢中だったので、大学にあるアートギャラリーで絵を観ていました。週単位とかで展示作品が変わるんですよ」

ワシントン州在住時、アトリエにて
日本に帰国し2人の画家に師事し画家としての心構えを学ぶ
――アメリカから日本に帰国してから、三岸黄太郎、西村冨彌に師事されたそうですね。すみません、お2人とも存じあげなかったのですが、正統派の油絵画家というか。Mikakoさんの作品は特に西村さんの方からの影響が強く感じられます。2人から学んだことで印象に残ったことは何でしょう?
「三岸先生は、三岸節子さんという女性画家のパイオニアの息子さんで、油絵らしい油絵を描かれている方でした(2009年没)。私は油絵の持つ硬さとか、重厚なマチエールが大好きで、それもあって、大磯に住んでいる先生のところに自分の絵を持っていってアドバイスをいただいていました。とてもよくしていただきました。その先生は、『油絵の本当の良さはきめの細かさだ』とおっしゃっていました。同じことを繰り返すことで絵に深みが出てくると。先生はがむしゃらに絵を描くのではなく、どこかに出かけた時、デッサンはしないで、空なら空をぼーっと見てその景色を自分の中に取り入れて咀嚼するのだそうです。小手先でその時デッサンして絵にするのではなく、そこにしばらくいて、景色が自分の中に入りこんでそれを油絵にするのだと。口数が少ない方でしたが、そういった画家はこうあるべきという態度を知らず知らずのうちに学ぶことができたなと今もよく思い出します」
――何かアドバイスで印象に残った言葉などありますか?
「ある時、三岸先生が私の絵を見て『これで詩情が出れば鬼に金棒だ!』って言ってくださいました。どういう意味かなと思ったのですが、絵は色と構図と詩情の3つが揃うといい絵で、それなら、私の場合、詩情以外はまあ上手く描けているのかなと思って、嬉しくなりました。しばらく通っているうちに『詩情も出てきたな』とボソっと言っていただいた時は、とても嬉しかったです。だいぶ長く絵を描いてきましたが、そういういただいた言葉が励みになりました。これでいいのかなって迷う時に、振り返って先生の言葉を思い出して、先生に感謝しています。あとは大きい絵を描け、と言ってくださったのが心に残っています。大きく手が動くので、50号とかの大きさは描きごたえがあって勉強になります。大きな絵は大磯まで持っていけないので、先生が何度か東京の私の家まで観に来てくださって、それも感謝しています」
――西村冨彌さんの方はどうですか?
「先生からは絵は自由だから何やってもいいんだよということを教わりました。人がなんと言おうとも自分が好きなものを描いて、追求していくものだと言われました。それで、油絵の中に自分のキャラクターであるミカミンを入れて、誰もやったことがないことを始めてみました。先生の『好きなことを自由に、とにかく続けて描くことが大事』という言葉がはげみになっていますね。人生の中でいい方々に巡り会えたことに本当に感謝しています」
鯉をモチーフとしてよく使うのは成功や健康の象徴だから
――好きなものを描いた方がいいと先生に言われたということでしたが、和のモチーフが入ってきたり、鬼などのモチーフを使うスタイルになったのはいつごろからで、どのようなきっかけですか?
「和のものが好きで、7, 8年前くらいから入れ始めました。あの鬼は悪い鬼じゃなくて、いい鬼なんです。あと、私が好きなモチーフのひとつに鯉があるんです。鯉って勢いがあって、成功とか健康などの意味があるんです。昔から海など水を描くのが好きで、鯉に惹かれたんです。鯉が滝登りして龍になるっていう伝説があって、困難を乗り越えると大成功が待ってるっていうことなんです。そういった話も、自分自身を励ましてくれるので、鯉を描くのが好きです。私の絵を観てエネルギーを感じていただけたり、元気になっていただけたら嬉しいなと思います」
――YONEさん(米原康正)のギャラリーでグループ展にも出展していますが、出会いのきっかけを教えてください。
「友人に面白い展示があるからって誘われて、+DA.YO.NE.ギャラリーでやっているグループ展を観に行ったんです。違う趣の作品の画家がたくさん参加している展示でした。そこで初めてYONEさんと会いました」
個展のコンセプトは1日の始まりである「あけぼの」
――今回のタイトルが「あけぼの」ですが、タイトルに込めた想いを教えてください。
「『春はあけぼの』というくらい、一番美しいのが夜明けだって思う方もいるんですよね。元気で今日1日頑張ろうって思うのがあけぼのの時間だと思います。今回、そういう気持ちで絵を描きました。観た方が元気になったり、エネルギーを感じていただけたら嬉しいなと思って、このタイトルをつけました」
――「ミカミン」はご自身だそうですが、作品の中のミカミンのキャラクターを言葉で表現すると?
「天真爛漫で素直で怖いもの知らずみたいな感じですね。そして、正義感も強いところもありますね。物を物とも思わず、まっすぐ自分の道を進むというキャラクターをイメージして描いています」
――実際のご自身ともピッタリと重なっていますか? それとも理想も入っていますか?
「両方ですね。自身のキャラクターでもあるので、だいぶ重なってはいますが。あと、枠にはまらずに常にいろんなことに挑戦していきたいと常に思っているので、ミカミンは絵の中でもいろんなところに入りこんで、いろんなことをやっています」
――日常生活でも新しいことにチャレンジするタイプですか?
「やってみなきゃわからないって思っているので、後先考えずにやりたいなと思ったらトライしています。自分が体験したことが筆のタッチに出るので。絵って恐ろしくて、100%自分自身が出ると思っています。絵ってごまかせないのですよね。自分自身を出して描くのが本物の絵だと思います。自分の生き様が絵に出ると思うので、納得いくような生活を心がけていますね」
油絵と漫画をひとつの画面で調和させることが楽しい
――今回の展示作品でチャレンジしたことはありますか?
「私の絵は漫画と油絵の合体なのです。そのふたつって相入れないもので、ひとつの画面で調和させるのが難しいのです。それが楽しいことでもあるのですが、どこの部分を漫画にして、どこを油絵にしたらいいのか、いつも考えて描いています。漫画の余白が多すぎるとバランスが取れないですし。調和をさせるために薄い油絵を何層も何層も重ねることで深みのある色を出しています。漫画がフラットなので、いわゆる油絵のテクスチャーだと、なかなかバランス取るのが難しい時があります。今回は大きな絵もあったので、絵の具を厚めに乗せたりすることもできました。ずっとやりたかったことなので、今回はいくつかの作品でトライしてみました」
――海外の方からの感想などあれば教えてください。多文化や多言語を超えて、「伝わる」ために意識していることがあれば教えてください。
「海外で展示させていただく時も自分の絵の説明をよくするようにしています。あと、海外の方は素直にいろいろ質問してくださるんです。日本の方は遠慮深いというか。説明があれば絵を見るのがもっと楽しくなると思うんです。私のように油絵と漫画を合わせるというスタイルは知っている限り誰もやっていなくて始めてのことだと思うのですが、海外の方が受け入れてくれやすいですね。好きなら好きってすっと受け入れてくれるのですよね。海外の反応がとてもいいです。「エッジ」って言葉で評価してくださる方も多いです。とにかく続けなさいって言われます」
――この個展のあとの予定があれば教えてください。
「インドのアートショーに絵を展示することが決まっています」
【プロフィール】
新井 美華子/ Mikako Arai
東京生まれ。大学進学とともに渡米し、アメリカの大学で心理学と美術を専攻。
卒業後は日本で制作活動を精力的に続ける。
2010年の上海アートフェアーを機にポストモダニズムを越えた新しい作風に目覚める。
2017/2018年のLA アートショーへの出品はよりいっそう新井美華子を覚醒させ、以来、ダブルイメージとして漫画の中に自画像を描き、それを油絵と調和させるという清新な画風へと日々変化を遂げている。
アメリカのBruce Lurie Gallery「TOY stories」への出品依頼の参加、近年はロサンゼルス、上海、ソウル、香港、シンガポール、台湾などのアートショーに作品を多数発表。
ニューヨークにて、ケニー· スキャクターがキューレションを手がける展覧会に招待参加。
具象表現の延長とも言える、マルチカルチャーアートの表現を追求し続けている。
Instagram:@mikamin100
【開催概要】
タイトル:Mikako Arai 個展 “あけぼの ”
会期:2025年7月9日(水)〜8月5日(火)
会場:阪急メンズ東京 7階 +DA.YO.NE.GALLERY (東京都千代田区有楽町2-5-1 阪急メンズ東京7階)
時間:平日12:00~20:00 土日祝11:00~20:00
writer: Atsuko Matsuda