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Dragon76インタビュー:『共存』をテーマにニューヨークで奮闘する日本人アーティスト

2019.03.20

様々な人種やカルチャー、そしてメッセージをミックスさせ、そこに独自のラインや色合いを用いて、大きな壁画(ミューラル)を相手にしたり、あるいは即興のライヴペイントでダイレクトに表現するアーティスト、Dragon76。様々なアーティストのCDジャケットなど、音楽とも深くコネクトした作品も多数生み出してきた彼は、2016年には拠点をニューヨークへ移し、その活動のフィールドをさらに広げている。今年2月、凱旋帰国中の彼が、横浜のGrassrootsにてライヴペインティングを行なうということで、イベント前に時間を作ってもらい、インタビューを行なった。

ーーー最初に絵を描くようになったのはいつ頃ですか?

「絵を描いて生きていきたいとか、アートをやりたいって認識する前から、ずっと好きな漫画や映画を模写していました。『ガンダム』だったり、『ドラゴンボール』、『北斗の拳』、『ジョジョの奇妙な冒険』とか。映画は、昔『ロードショー』という映画雑誌を毎月買っていて、その中で気に入ったビジュアルを模写したり。そうやって、何かを見て模写するというのがすごく好きでしたね。気が付いたら自分の部屋にも落書きをしているような、そんな子供でした」

ーーーそこから、本格的に絵を始めるようになったのは?

「絵を描きながら、パンク、スラッシュメタルとかハードコアのバンドをやっていたり、サッカーもやっていたんですけど、漠然と『何か好きなことをやって生きていきたい』と思うようになって。高校を卒業して、進路を決めないといけないっていう時に、地元が滋賀だったんですけど、周りの仲間が学校や仕事のために都会へ出るっていうのが自然な流れになっていて。自分も大阪で何かしようと思った時に、絵を描くのが好きだし、アートの専門学校に行って、絵を描きながら生きていけたらって、その時くらいにボンヤリと思うようになりました。でも、めちゃくちゃ有名になりたいというよりも、デザインとかの仕事をしながら、楽して生きていきたいっていう感じでしたね(笑)」

ーーー大阪の専門学校に通ったことで、結果的にアーティストを目指そうと思うようになったわけですか?

「学校自体は絵のテクニックであったりアートの歴史とかを教えてくれてはいたんですけど、習っていることには興味が湧かず。常に不真面目な感じでやっていて、本当にちょっとの期間ですけど、スプレーで街に描いたりとかもしていて。けど、そういうところに、アートをやりたいっていう同じくらいの世代の人間がどんどんと集まってきて。そういう奴らに刺激されて、周りと競争するような感じで、絵を磨いていくようになったという感じですね。最初は周りの仲間よりも良い絵を描きたいと思っていたのが、次第に有名になりたいと思うようにもなってきて。その延長で、世の中に出ているアーティストよりも上手くなりたい、あの人よりもっと上に行きたいって、段々と目標が上がっていくようになりました」

ーーーストリートアートとの出会いは?

「中学の終わりとか、高校ぐらいからがっつりとバンドをやっていたんですけど、その時にハードコアのCDのジャケットはイラストで描かれているものが多かったので、そこから影響を受けるようになって、ずっとそういう絵を描いていました。その流れで、大阪へ出てからは、イベントのフライヤーを描き始めるようにもなりました」

ーーーやはり、音楽は作品のインスピレーションとしては非常に大きいですわけでよね?

「そうですね。自分でも音楽をやっていて、CDのジャケットだったり、音楽的なアートワークからすごく影響を受けたのは大きいので。それから、自分がライヴペインティングだったりとか、絵を磨いてきた場所っていうのが、ミュージックフェスティバルだったり、クラブイベントだったりと、音楽の現場が多いですし。そこから、色んなアーティストのCDのジャケットを作るようにもなったり。だから、ずっと音楽とは密接な感じではありますし、自分自身もそういう意識は常にあります」

ーーーDragon76さんの絵のスタイルの独自性は、どのように確立されたのでしょうか?

「今の自分のスタイルは『今度はこんなのやってみよう』とか『次はこんなのやってみよう』って作られたものではなく、軸になるコンセプトがずっと一貫していて。それは『共存』っていうのが一番大きなテーマで、ずっとそのテーマで絵を描いています。その『共存』というテーマは、その時々のテクニックであったり、スタイル的なものによって見せ方が変わっていく。最初は人と自然の共存っていうのをテーマでやっていたんですけど、今はもっと大きくなっていて、過去と未来とか時間軸も全部、一緒に共存していくようなイメージです。特に今はニューヨークにいて、すごく色んな人種が世界中から集まってきて、皆それぞれの文化で作っているので。その中で、自分の日本人としてのアイデンティティに、さらに色んな国のスタイルや文化をミックスして、さらに新しい見せ方で出来ればと思っています」

ーーーニューヨークへ移ろうと思ったのは、東京で開催された『POW! WOW! JAPAN 2015』への参加などがきっかけだったのでしょうか?

「『POW! WOW!』に参加した頃には、すでに海外に出たいなと思っていて、丁度ビザをどういうすれば良いのかっていうのを調べたりしていた時期でした。その前から、漠然と将来的には英語を喋って海外で活動したいなとは思っていて。2000年に結婚したんですけど、その時には既に『いつか将来、ニューヨークでやりたい』っていう話は奥さんともしていました。ただ、そのためには何が必要かっていう細かいことは、全然気にせずに。ただ漠然と、『将来は世界でやっていきたい』って言っている程度で」

ーーーそもそもの「海外で活動したい」と思うようになった、具体的なきっかけはなんでしょうか?

「どんどんと絵にのめり込んでいった20代前半の頃は、ただ漠然と思っていただけなのですが、それからしばらくして、インターネットやSNSで海外のアートシーンの情報を簡単に得る事が出来るようになって、『自分のアートも世界でどれだけの人が共感してくれるか? 行けるとこまで挑戦したい!』という思いが強くなっていきました。それで、40歳を目前にした時に、『ここで挑戦するためには、一歩を踏み出さないといけない』と思い、家族に相談したところ、家族全員が賛同してくれたので、移住に必要なビザのことを考えるようになりました」

ーーーそれでアーティストビザを取得したというわけですね。

「現実的にどうすれば、ニューヨークや海外に移住して自分のアートを出来るかっていうのを調べだしたら、やはりアーティスト用のビザが必要で。ビザを取るためには、海外の企業からの推薦状であったり、滞在期間中に仕事があるっていうことを証明をするためのジョブレターが必要ということが分かって。それからは、ビザの申請に有効となるような仕事を積極的にやるように意識するようになって、名前の知られた大きな企業の仕事であったり、そういうのは忙しくても時間を作ったりして、優先して受けるようになりました。最終的にはアーティストビザが取れたわけですけど、家族の協力と理解によって支えられたという部分がかなり大きかったと思います」

ーーー実際にニューヨークに行ってみて、アートを作る上での環境はいかがですか?

「アートをやるための環境としてはすごく良くて。何もかも動くのが早くて、一つ誰かの何かにハマれば、そこからすぐに仕事に繋がっていく。『次にこういうプロジェクトがあるんだけど、もし出来たらやって欲しい』っていうメールがきて。それに条件が合えばすぐにやるし。けど、ちょっと躊躇して、メール返すのが遅くなったりすると、『もう、あの話は別に人に決まったよ』とか。けど、みんな、淡白なんで、そこに執着しないというか。一度、返事が遅れて別の人に決まったとしても、それで『あいつには、もう仕事をお願いしない』とかではなくて、条件が合えばまた仕事の話が来るし。けど、返事が遅れるとすぐに流れるから、絶対にやりたい仕事はすぐにメールを返すようになりました(笑)」

ーーーアーティスト同士の横の繋がりなどもあったりしますか?

「英語がまだそんなに上達してないので、コミュニケーションはまだ全然満足には取れていなかったり、ノリだけでやっている部分はあるんですけど、よくアメリカ人のアーティストに『絵を一緒に描こう』って誘ってもらったりするので、一緒に絡む機会も多いですね。それに、絵のことになるとだいたい使う単語は決まっているから、言いたいことは分かるし、こちらの言いたいことも伝えられるようにはなったので。彼らと絵を描く時間は、本当に楽しいです」

ーーーちなみにアトリエであったり、普段の制作の環境はどうなっていますか?

「ニューヨークのクイーンズに家族4人で住んでいるんですけど、住んでいる家の中の一部屋を自分のアトリエとして使っています。けど、実は去年、ワールドトレードセンターからの依頼で壁画を描いた時に、作品をすごく気に入ってくれて。その壁画を描いた、ワールドトレードセンターのビルのワンフロアを丸々、アトリエとして使えるようになって。最初はそのフロアは、別の目的で使おうとしていたのが、『こういう使い方をしたほうがもっといいんじゃないか?』ってどんどんと話が変わっていって。結局、ワンフロアを丸々、自分ともう一人、韓国人の女性のアーティストでシェアすることになりました。かなり広いスペースなので、全然使いきれないんですけど(笑)」

ーーーワールドトレードセンターにアトリエがあるって、すごい話ですね……。そのきっかけとなった、ワールドトレードセンターの中に描いた、『HOPE』という作品について教えてください。

「2011年の東日本大震災の後に、横浜でチャリティイベントがあったんですけども。その時に描いた作品をもとにして、それを今の自分のスタイルでアップデートさせました。加えて、ニューヨークっていう街に来ている様々な人種が使っている、それぞれの言語を音楽に置き換えて。色んな人種が集まって、武器の代わりにそれぞれ異なる楽器を持って、一つの音を奏でながら、旅をしている一団みたいなイメージで描いています。ニューヨークには色んな国から移民が来て、永住する人もいれば、そこからまた違う所に移り住んでいく人もいる。それを旅になぞらえて。色んなアイデンティティを持った人が、一緒に音を奏でることで、一つのものを作り上げる。つまり色んな人種がニューヨークという一つの文化を作るっていう意味で作りました」

ワールドトレードセンター内に描かれた作品『HOPE』

ーーーそのニューヨークで最初に名前を知られるようになったきっかけの一つが、『Art Battle』での優勝だと思うのですが、その『Art Battle』出場の経緯を教えてください。

「ニューヨークへ行ってすぐに、『Art Battle』っていうのをやっているっていう情報を見つけて。何のあてもなくニューヨークへ行ったので、ちょっとでも名前が売れるチャンスになるのであれば、何でも良いからやろうと思ったので。それで、エントリーしたら出れることになって。応募は結構あるみたいなんですけど、その中から審査があって。最終的に10人くらいが選ばれて。それを2ブロックに分けて、ステージ上で5人同時に描いて、20分で絵を完成させる。絵のテーマとかは特になくて、20分で描ける絵だったら自分のスタイルで何でも好きにやって良くて。その5人の中から1位、2位を決めて、それぞれのブロックで残った計4人で決勝をやって、お客さんの投票で優勝者を決める。それで最初に出たニューヨーク大会で優勝して。さらにその後に、ニューヨーク大会の歴代チャンピオンばかりを集めたチャンピオンシップ大会でも優勝して。去年11月には初めてアメリカのナショナル・チャンピオンシップ大会がLAで開催されて。ニューヨーク代表で出場して、そこでも優勝したので、『Art Battle』の初代アメリカ・チャンピオンということになっています」


2017年に行われた『Art Battle』ニューヨーク大会の様子

ーーーニューヨーク大会に初めて出て優勝してから、アメリカ大会まで負けなしというわけですけど、勝因は何だと思いますか?

「ライヴペインティングの文化って、実は日本のほうがすごく発達していて。アメリカ人は大きい壁を描きたがるし、実際、大きい壁を描ける機会も多い。けど、日本はアメリカと比べて、大きい壁を時間かけて出来るチャンスってあまり無いので、短時間で見せるライヴペインティングが発達したんだと思うんですよ。自分はそのライヴペインティングを日本で10何年とかやってきたんで、多分、それで時間配分というか、20分で描ける最大のボリュームみたいのを、出場者の中でも一番分かっていたのかなって。日本のライヴペインティングって、本当にみんな切磋琢磨しながら、腕を磨き合いながらやってるから。大きい壁画だったら、アメリカにはとんでもない奴がいっぱいいるんですけど、20分で描けるパフォーマンスとしては全然負ける気はしなかったですね」

ーーー例えば、グラフィティのカルチャーってアメリカはかなり凄いと思いますけど、そういうのとも『Art Battle』はまた違うわけですね?

「そうですね。『Art Battle』の場合は使える画材が向こうで用意されていて。絵の具と筆だけで、スプレーを使うのはNGなので。画材の部分も、自分が一番得意としているやつだったので、それも良かったんだと思います」

ーーーライヴペイティングの面白さって、何でしょうか?

「時間に追われてやる分、即興性であったり、あと、その場の空気っていうのがすごく大事で。流れている音楽だったり、雰囲気だったりとか。その雰囲気を受けて何が出るかっていうのが自分も楽しみだし。ある程度、自分のスタイルっていうのがありますが、そのスタイルプラス、その日にしか出来ないものっていうのが、何が出てくるのか? それを自分もお客さんも楽しみにしてくれてるのかなって。それも含めて、その場でしか生まれないような絵が出来たら一番、面白いなって思いますね」

ーーーライヴペインティングをやる場合って、どの程度事前に決めていくのでしょうか?

「完全にゼロの場合もあるし。今日はこういう新しいスタイルをやってみたいなと思ってる時は、一回、スケッチをやってから、試してみることもあります。でも、100%決めてしまうと面白くないので、本番で何が出るかっていう余地は残しつつ。たまに自分の意図してない、失敗したかなと思ったようなラインが、後で見たら、すごく格好良いなっていうのもあって。アクシデント的なことで、すごく良いのが生まれたりするので。そういうところを自分で拾い集めて、そこから新しいスタイルを作ってみようとか。そういう自分で発見できることもあるので、ライヴペインティングは実験の場でもありますね。例えば今日とかだったら、ニューヨークで色々やってきたスキルを久しぶりに日本で披露出来るチャンスだから。今までやってきたことを、しっかりと入れられるようなスタイルで見せたいなって」

ーーー今後、さらに挑戦したいような目標はありますか?

「今、3Dにすごく興味があって。自分の絵をキャラクター化したものを色んなところで出していきたいですね。ちょうど今、フィギュアを出す計画も進めていますし、街中に自分のキャラクターのデカいやつを設置したりとかっていうのも興味あります。もう一つは、めちゃくちゃ大きいサイズの壁画をやりたいです。今まで一人で描いた一番大きい壁画が、コロラドのデンバーであった『CRUSH』というミューラルフェスティバルで描いたもので、それは縦が12メートル、横が35メートルあったんですけど。それよりもさらに大きいサイズの壁画をやってみたいですね。それから、ワールドトレードセンターもそうですけど、世界中の象徴的な場所でポジティブなメッセージを込めた絵を描いていきたいです。今年の6月にはニューヨークに行ってから初めての個展をサウス・ブロンクスでやる予定で。そういったエキシビジョンももっとやりたいですね」

ミューラルフェスティバル『CRUSH』にて描かれた作品『Zero Gravity』

【Information of Dragon76】

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Kiwamu Omae