抽象彫刻科・造形作家として活躍した多田美波の全貌に迫る。約70年の仕事を振り返る回顧展が8月29日より開催
2026.06.16

《周波数37306505》1965
アクリル樹脂、アルミ、鉄
東京都現代美術館蔵
「MOTコレクション Eye to Eye—見ること」(2024)展示風景
Photo: Masaru Yanagiba
戦後日本において抽象彫刻家・造形作家として活躍した多田美波(1924–2014)の大規模個展が、8月29日より東京都現代美術館にて開催される。生涯でおよそ200点の彫刻作品と、500点に及ぶ建築関連作品を手がけた多田は、美術館という枠にとどまらず、公園、駅、市庁舎、ホテル、劇場など、都市のさまざまな場所に作品を残し、長年にわたり人々の生活空間の一部を形つくってきた。空に向かってすらりと伸びていくようなステンレスの彫刻や、自然の景観に心地よく馴染むガラスやアクリルの彫刻、あるいは色とりどりの光を内包する「光壁」など、その表現は素材・スケールともに多岐にわたる。
多田は、高度経済成長期を背景に普及した工業素材や加工技術を、芸術表現に積極的に取り入れた先駆的作家のひとりである。制作の手跡を感じさせない無機質な表面に、光の反射や透過、屈折、揺らぎといった有機的な要素を取り込み、移ろいゆく周囲の環境や鑑賞者の動きと呼応して表情を変える造形を生み出してきた。これらの試みは、量塊性や安定性を重視するアカデミックな具象彫刻の規範から離れ、空間や環境との関係性を志向した、戦後の抽象造形における展開に位置づけられる。なかでも多田は、光を単なる効果ではなく造形の中心として据え、美術、プロダクトデザイン、インテリア、建築を横断しながら空間そのものに働きかける実践によって、同時代の潮流のなかでも独自の立ち位置を築いた。
こうした仕事は、新しい素材や技術に対する鋭い感受性と探究心、そして協働者である技術者との確かな信頼関係によって実現された。その根底には、人間にしか創出できない美としての「第二の自然」を探究する姿勢が貫かれている。
本展では、多田美波研究所の全面的な協力のもと、初期の絵画、各時代の彫刻、作家本人が「光造形」と呼んだシャンデリアを含む照明の作品、およそ70点に加え、建築造形のパーツ、写真、スケッチなどのアーカイブ資料を展観し、約70年にわたる多田美波の仕事をあらためて俯瞰する。

光壁《黎明》1970 ガラス、金属 帝国ホテル 東京 撮影:作本邦治

《Space Eye No.4》1975 アクリル 多田美波研究所蔵 撮影:多田美波研究所
■みどころ
1. 没後初となる回顧展
彫刻をはじめ、レリーフ、緞帳(どんちょう)、シャンデリア、ビルのファサード、照明器具まで美術・建築・デザインの領域を往還しながら活動した多田美波の仕事を総覧する、没後初となる大規模回顧展である。本展では、外光が差し込むアトリウムを含む約1,500㎡の地下展示室と、隣接する屋外展示エリアを使用し、多田の約70年にわたる創作の軌跡を空間全体で展覧する。立体表現への移行を予兆する絵画作品をはじめ、初期のブロンズ彫刻、アクリルやステンレスによって周囲の環境を映し込む代表的な作品、またプリズムのような鮮やかさを放つ陶板の彫刻、照明の仕事に加え、写真やスケッチなどの資料をあわせて展示する。素材、光、空間との関係を軸に、多田美波の造形世界に迫る内容である。
2. 現存しない作品および照明作品の再制作・再構成
本展では多田美波研究所の協力のもと、現存しない作品や建築と不可分な照明作品を一部再制作・再構成し、美術館の空間においてあらためて展示する。洗面台などで用いられるボールチェーンを素材としたシャンデリア、「チェーンデリア」(1963)は、松屋サロン(銀座)に設置され、多田が皇居・新宮殿の光造形を委託される契機となった記念碑的作品である。現存しない本作を、本展のために原寸大で復元する。また、リーガロイヤルホテル大阪 ヴィニェット コレクションの光造形《瑞雲》(1973)の一部を、制作当時のクリスタルガラス・パーツ約3,000個を用いて再構成する。これらの試みによって、多田が追求した光の造形を間近に体感できる機会を創出する。
3. 図録・トークイベントを通じて、多田美波の仕事を多角的に読み解く
戦後いち早く新しい素材に取り組み、技術や素材の研究を重ねながら表現を更新してきた多田美波は、同時代の前衛美術グループに属することなく、彫刻、建築、デザインの領域を横断して活動してきた。そのため、彼女の仕事の全貌を美術史において体系的に捉えることは容易ではなかったといえる。本展では公式図録を刊行するとともに、研究者や専門家によるトークイベントを実施し、近年あらためて評価が高まりつつある作家について、その創作背景や美術史的意義を多角的に検証する内容である。

《Mirage》1989 陶板、ステンレス 多田美波研究所蔵 撮影:多田美波研究所
【プロフィール】
多田美波(Tada Minami)
1924年、台湾・高雄に生まれ、朝鮮で育つ。高校在学中に朝鮮美術展覧会へ出品し入賞。1944年、女子美術専門学校(現・女子美術大学)西洋画科を卒業し、1956年に第41回二科展、1957年第9回読売アンデパンダン展に油彩画を出品。1957年、東京・炭労会館のためにレリーフ《炭鉱》を制作。1962年、多田美波研究所を設立。代表的な彫刻作品に、半円球のアクリルにアルミニウムを蒸着メッキし鏡面のように仕上げた《周波数37306505》(1965、東京都現代美術館)やステンレスの屋外彫刻《キアロスクーロ》(1979、東京国立近代美術館)がある。建築空間における仕事としては皇居新宮殿の光造形(1968)や約7,600個ものガラスブロックから作られた帝国ホテルの光壁《黎明》(1970)、紫雲をイメージしたリーガロイヤルホテル大阪の照明《瑞雲》(1973)などがあげられる。2014年に逝去。
【開催概要】
タイトル:多田美波―光、凛と ゆれる
会期:2026年8月29日(土)~12月6日(日)
会場:東京都現代美術館 企画展示室 B2F(東京都江東区三好4-1-1)
開館時間:10:00 ~ 18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)
休館日:月曜日(9月21日、10月12日、11月23日は開館)、9月24日、10月13日、11月24日
観覧料:一般1,600円/大学生・専門学校生・65 歳以上1,100円/中高生640円/小学生以下無料