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NOVOL インタビュー:ペインター、デザイナーとして活動10年目を迎え、初の作品集『ten.』をリリース

2017.12.08

“ジャズ”という音楽との出会いによって絵を描くことに目覚めたという、岐阜出身のペインター/デザイナーのNOVOL。アーティストとしての本格的な活動開始から10年目を迎えた彼が、これまでの様々な作品をまとめた初の作品集『ten.』を完成させた。そこで『ten.』発売のタイミングに合わせて、これまでのアーティストとしてのキャリアを振り返りながら、作品集『ten.』やさらに今後の展望について話を聞いてみた。

――――まずはジャズと出会って、絵を描くようになった経緯を教えてください。
「高校の頃からハードコアとかパンクとかが好きで、地元のバンドでベースを弾いていました。それから名古屋でもバンドをやるようになった時に、そのバンドの中で『ジャズが格好良い!』って、すごく流行ったんですよ。それで初めて聴いたフリージャズに衝撃を受けて、『めちゃハードコアやん?!』って。それでジャズのライヴにも行ったり、レコードも買って聴くようになって。そしたらジャズのジャケットって結構格好良いじゃないですか。ちょうど、バンドの先輩でグラフィティライターの人の影響もあって、ジャズのジャケットを見よう見まねで描いてみたら、『上手いじゃん、俺?!』って(笑)。それを人に見せたら、誉められたりもして。それでハマって趣味で描き始めました」

――――では、最初はジャズのミュージシャンをメインに?
「そうですね。完全にジャズばっかりでした。1950年代のジャズがメインで、王道のマイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンからチャールズ・ミンガス、ポール・チェンバース、ビル・エヴァンス、セロニアス・モンク…挙げたらキリが無いですけど。さらにジャズっていうのは、そのバンドのメンバーもそれぞれソロを出したりするので、それを全部追っかけていって。だから、絵を描くネタは尽きませんでしたね。『こんなに格好良い音楽を作ってるのは、どんなヤツなんだ?』って調べたりして、自伝なんかも読んだりもしていましたね」

――――その頃は働きながら絵を描いていたんですか?
「ずっとバンドをやりつつ、看板屋で働いていました。実は看板屋って、実際に手で描く仕事っていうのはあまりなくて。仕事でパソコンを使うようになって、そこでIllustratorやPhotoShopの使い方を覚えました。だから、仕事でCDジャケットの仕事をやる時には、自分で全部やらないと気が済まないというのもあって、絵を描くだけじゃなくて、ジャケットからブックレットまで全てのデザインをやらせてもらうことも多いですね」

――――最初は趣味でやっていた絵が、どうやって仕事に繋がっていきましたか?
「当時mixiで描いていた絵をアップしていたんですけど、それで岐阜県以外の同世代の絵を描いている子たちと繋がって。それが京都で活動していたDOPPELだったり、東京でやっているGravityfreeといった人たちで。働きながら、週末に県外に行って現地の子達と一緒に描いたり。mixiを通じて、『店に描いて欲しい』っていう依頼がきたり。KAMI君がスケートチームと一緒に地元に来て、一緒に描いたことがあって、その時は『格好良い! そういう世界もあるんだ?!』って刺激を受けたりしていく中で、そうやって知り合った人達が大きい仕事をして、名前が売れていくのも見ていて、『俺もこれからどうしようかな?』って、結構迷っていた時期があって。これは『ten.』でも自分で書いたんですけど、親父が亡くなって、そういうこともきっかけとなって、仕事を辞める決心をしたんですよ。それがちょうど2007年のことですね。それで個展ツアーを計画して、趣味で描き溜めた何年間分の作品を全て額装して、名古屋、神戸、東京、地元の岐阜で4箇所、個展をやって。そのツアーは大赤字だったんですけど(苦笑)、そこでたまたま神戸会場に来たMUROさんと知り合うんですよ」

――――それでMURO関連の仕事をいろいろと手がけるようになったわけですね?
「MUROさんに『東京でも個展をやりますんで来てください』って行ったら、本当に来てくれて。それでいろいろと仲良くなって、交流していくうちに、『ちょうど絵を描く人を探していて、MICROPHONE PAGERのジャケットをやってくれないか?』って(注:2009年1月にリリースされたMICROPHONE PAGERのアルバム『王道楽土』)。当時はまだ岐阜に住んでいたんですけど、MUROさんに紹介してもらった二木さん(注:音楽ライターの二木祟氏。大阪在住で2011年5月に急逝)にマネージメントしてもらうようになって。それでMUROさん絡みとか、二木さんがライナーノーツを担当していたCDのジャケットの仕事をやらせてもらうようになりました」

――――今の作風はどうやって生まれていったのでしょうか?
「基本も何も知らなかったんで、最初は木の板に幼稚園の時に使っていたクレヨンで描いていたんですよ。人肌の感じを出すために、クレヨンの側面を使ったりして、試行錯誤しながらやってて。それから、大きい絵を描く時にペンキとか絵の具を使って描いたら、またこれも面白いなって。そうやって、独学っていうか、どんどんと自分で発見していきましたね。あと、周りにグラフィティライターの人がいたので、そういう人の描き方からも影響を受けていると思います。最初に鮮やかな色で描いて、最後に黒でラインでそれを縁取りを描くっていうやり方は今も変わって無いです」

――――ちなみに独特な色使いに関しては?
「特別に意識はしてないですけど、リキテックスっていう絵の具のブランドをよく使っていて、それを原色そのままで使ってますね。何かと何かを混ぜてとかはやらないですけど、キャンバス上で乾ききらないうちに上から塗ると、勝手に混ざるので、乾く前からどんどんと乗せていって。他のペインターがどうやって描いているかを知らないから、実際にそういう手法があるのかは知らないですけど(笑)」

――――基本的には絵のモチーフは人物ですか?
「仕事ではなんでも描くというスタンスでやっているんですが、基本は人の顔や表情を見て、『この人を描きたい!』っていう衝動で始めたので、人の顔を描くのが好きですね。人の表情って、いろいろと全部表れているじゃないですか。そこをどう描くかっていうのが面白いですね」

――――あと、描いてる時のインスピレーションはやはり音楽ですか?
「仕事として描く時に、そのアーティストのCDを聴いたりっていうのはありますけど、個展とかに向けて自分の作品を作る時は、最近は無音でやることにハマっていて。今のアトリエの辺りって、夜中とかすごく静かなんですけど、描いていたら、無音なのに自然とその人の音楽が自分の中から湧き出てくるような感じで。例えば写真を見て描くとなると、その人に近づけようとするわけじゃないですか。けど、背景や色使いだったりは、自分の音というか、自分の表現の部分で。言ってみれば、ジャズってテーマがあって、あとはアドリブで回すっていう流れですけど、テーマが絵の輪郭で、色使いが自分の中のアドリブ。そういう感覚ですね」

――――それから、横浜のGRASSROOTSで定期的に行なっている、『CONCORD』というイベントについて教えてもらえますか?
「東京へ引っ越してきたタイミングで、アーティストのDRAGON76がGRASSROOTSでライヴペイントしているっていうので、見に行ったんですよ。そこで紹介された店長のサマタさんに『ウチで何かやってよ』って言われて。最初は平日のレストラン営業の時に絵を描いてたんですけど、サマタさんも飽きてきたのか(笑)、『もっと新しいことをやってくれ』って言われて。当時、音を絡ませて何かやりたいって思っていたんで、ゲストを呼んでタイマンセッションみたいなの考えて。時間も90分って決めて、その中で完成させるっていう。2012年からずっと毎月やっていて、今月で69回目なんですけど、自分の中でもライフワークみたいな感じになっていますね」

――――一緒にやるミュージシャンも自分のセレクトで?
「CDの仕事だったり、地方をいろいろ回って知り合うアーティストが多かったので、片っ端から『やらない?』って声をかけて。やっていくうちにも、さらにいろんなミュージシャンとも知り合ったり。みんな、意外と面白がってくれて。普段、絵描きとのセッションってあまりないだろうし、ミュージシャン的にも実験の場みたいな感じで、使ったことのない機材を今日使ってみるとか。自分も描く時にマイクで音を出してみたり、お互いに実験みたいな感じなので、結構それが面白いですね」

――――そろそろ、初の作品集『ten.』の話をお伺いしたいのですが、そもそものきかっけは?
「たまたま近所の飲み屋で知り合った人が、出版社の社長に就任して。その人から『うちから本を出さない?』って言われて。仕事を辞めて、最初の個展をやってから今年が10年目だって話になって、ちょうど良いやって。それで今年の頭から作品集の準備を進めていました」

――――基本的にはこの10年間の作品をまとめたものというわけですね?
「そうですね。表紙だけは新しく描いたんですけど、それ以外はこの10年間に手がけた作品を収録しています。今まで本を出したこともなかったで、初めてのことも多いじゃないですか。全然進め方もわからないで、過去の作品の画像を1、2ヶ月かけて集めて。それを一気に1000枚分くらいのデータを整理もせずに送ったら、出版社の人も困っちゃって(笑)。最終的にはカテゴリー分けをして、自分のペイティング作品、ライヴペインティング、モノクロ作品、壁画、ショップに描いた絵、それからジャケットとかのデザインしたものっていう感じでカテゴリー分けをして。それにMUROさんとの対談や10年間の年表とかも載せています」

――――実際、これまでの10年を作品集で振り返ってみて、いかがでしたか?
「改めて、本当にいろんな人と関わってきたなって思いました。一つ一つの作品を見ながら、それぞれをちゃんと思い出しますしね。10年なんて、あっという間といえばあっという間ですけど、その中ですごく凝縮されたものというか。この10年で終わりというわけではないですけど、一つの区切りとして、これまで関わってきてくれた人たちに、改めて感謝の気持ちです。『ten.』の中で、これまで関わった人たち46人にメッセージをもらっているんですけど、俳優もいたり、ボクサーもいたり、もちろんミュージシャンもたくさんいて、自分でも本当に幅広いなって思いましたね」

――――『ten.』を出して、さらに次の10年ではどういうことをやってみたいですか?
「最初にジャズに刺激を受けた時みたいに、次は海外をもっと回って刺激を受けたいなって思っていて。以前、トランペッターの黒田卓也と知り合う機会があって、彼とは一緒にツアーを回ったり、結構遊んだりもして仲良くなって。それで2年前に彼の住んでいるニューヨークにも遊びに行って、彼の自宅のブルックリンのベッドフォードを拠点にマンハッタンとかもいろいろ歩き回ってみて。その時にニューヨークにいる日本人DJのDJ SHU-Gの回すイベントでライヴペイントをしたんですけど、向こうは日本と違って反応が面白いじゃないですか。ペイント中にもガンガンに話しかけてきたり(笑)」

――――確かに海外では、アーティストとファンの距離感が日本とは違いますよね。
「MUROさんにも『NOVOL君にはもっとヨーロッパにも行って欲しいね』とか言われたりもして。海外でもっといろいろと経験して、新たな刺激を受けたいなと思ってますね。それから、作風も10年やったら段々と変わっていくでしょうし、この過去10年でもやっぱり変わってきてますし。昔の絵を改めて見ると、下手くそだったなとか(苦笑)。正直、模様だったり、色使いだったり、同じことをやっていたら飽きてくるじゃないですか。だから、どんどんと新しいことを模索して、広がっていくっていうのは、これからも止まらないでしょうね。ひょっとしたら、いつかアイドルのジャケットとかやっちゃってるかもしれないですからね(笑)」

NOVOLプロフィール

 

【NOVOL作品集『ten.』】

ペインティング・アーティストNOVOLが描いた10年の軌跡。視覚で音楽を感じられるハートフルな作品群を一挙公開!さらにDJ MUROとの貴重な対談や、DJであり音楽ライターでもある大塚広子による執筆、共演者から届いたMESSAGE、NOVOL本人による執筆などから彼の人物像も紐解く!

オールカラー・B5判変型・3200円(税別)・192頁
発売日:2017年12月15日

writer: Kiwamu Omae